「ちゃんとできる?」より「楽しい!」を。行事がゴールにならない保育の理由

冬の訪れとともに、街がきらめき始める季節。この時期、多くの幼稚園では音楽会や発表会が開催されます。お子さまの晴れ舞台を前に、「練習は順調かしら」「大勢の人の前で、固まったりしないかな?」と、期待と少しの不安が入り混じった気持ちで当日を待つ保護者の方も多いことでしょう。

もちろん、一つの目標に向かって一生懸命に取り組む子どもたちの姿は、何物にも代えがたい感動を与えてくれます。しかし私たち幅下幼稚園が本当に大切にしているのは、当日の「上手な発表」だけではありません。

そこに至るまでの日々、そして行事が終わった後の日常にまで続く、子どもたちの「楽しい!」「もっとやりたい!」という心の物語です。今回は、年齢ごとの音楽にまつわるエピソードを通して、当園が「プロセス」を重視する理由をお伝えします。

  1. 発見から始まる表現活動:年少児が"自分だけの音"を見つけるまで

年少の子どもたちにとって、世界は発見と驚きに満ちています。音楽も「教わる」ものではなく、自ら「見つける」もの。その主体的な探求心が、豊かな表現力の第一歩となります。

「てがみがあるよ!」― 心が動く環境づくり

ある朝、保育室のホワイトボードに貼られた一枚の葉っぱの手紙が、すべての始まりでした。「てがみがあるよ!」という一人の子の発見が、一緒にいた子どもたちの好奇心に火をつけます。これは、子どもが「世界は自分に語りかけてくれる」と感じる、対話の始まりの瞬間です。

“どんぐりさん”からの手紙と、手作りマラカスの材料というプレゼント。私たちは、このように子どもたちの「なんだろう?」という気持ちを刺激する環境設定を大切にしています。

試行錯誤こそが、思考力の源

「どのビーズを入れようかな」「色紙を丸めて入れたら、どんな音がするかな?」
子どもたちは、正解のない問いに対して、自分の手と頭を使って答えを探し始めます。指先で素材の感触を確かめ、ボトルを振って音の変化を聴き分ける。この五感を使った試行錯誤のプロセスこそが、「こうしたら、こうなる」という論理的な思考力を育む、最高の学びの場なのです。

音楽遊び参観で子どもたちが見せてくれたのは、練習の成果ではありませんでした。自分で作ったマラカスの音を感じ、ピアノの音に心を委ね、友だちと表情を見合わせる。その「今、この瞬間を楽しんでいる」という、きらきらとした眼差しこそが、私たちがお伝えしたかったすべてです。

  1. 音楽会はゴールじゃない:年中児の保育室に響いた"アンコール"の意味

行事は、子どもたちの育ちにおける一つの節目ですが、決して「終着点」ではありません。行事で得た充実感が、次の「やってみたい」という意欲につながってこそ、真の学びとなります。

「楽しい」の続きを、自分たちで

年中さんの音楽会が終わった数日後、保育室の楽器コーナーから、トライアングルや鈴の音が聞こえてきました。誰かが「やろう」と声をかけたわけではありません。音楽会に向けて過ごした時間が、単なる「練習」ではなく、「音やリズムの楽しさを心と体で味わう経験」だったからこそ、その余韻が子どもたちを楽器へと向かわせたのです。

プロセスが生んだ、自発的な協同性

思い思いに楽器を鳴らしていると、ふっと全員の音がそろう瞬間が訪れます。その奇跡のような響きに、私たちも思わずにっこり。これは、他者に合わせることを強制されるのではなく、心地よさを共有する中で生まれる、自発的な協同性の芽生えです。

私たちにとって音楽会は、子どもたちの育ちを披露するゴールではなく、子どもたちの「今日の続きを楽しみたい!」という気持ちが生まれる、大切なきっかけ(通過点)なのです。

  1. 「楽しい」を支える「安心」の土台

子どもたちが心から表現活動を楽しむためには、何よりもまず「ここは安全な場所だ」と感じられる心の土台が不可欠です。当園では、音楽会という「楽しい」行事の直後に、「引き渡し訓練」を実施しました。

音楽会で得られる「やり遂げた!」という達成感や自己肯定感。そして、災害時を想定した訓練で得られる「何があっても、大好きな人が必ず迎えに来てくれる」という絶対的な安心感。そのどちらもが、子どもたちがこれからの人生をたくましく生きていく上で、欠かすことのできない心の栄養です。

「楽しい」という気持ちと、「安心」できる環境。その両輪を整えることこそ、私たち保育者の最も大切な役割だと考えています。

今回は音楽会をテーマに、子どもたちの成長の姿をお伝えしました。一つの行事の中にも、子どもたちが主体的に世界と関わり、試行錯誤し、仲間と心を響かせ合う、数えきれないほどの学びのドラマが詰まっています。

名古屋市西区にあります幅下幼稚園では、すべての教育活動において、結果だけでなく、そこに至るまでの「プロセス」を何よりも大切にしています。子どもたちの「楽しい!」という気持ちが、次の「やってみたい!」へと繋がり、学びが生活の中に豊かに続いていく。そんな保育を、これからも職員一同で丁寧に紡いでまいります。

ご家庭でも、お子さまの「できたこと」だけでなく、「夢中になっている時間」そのものに目を向け、その気持ちに寄り添っていただけますと幸いです。